3.5名前のない感情

(高杉視点)

その日、部屋に帰ると、どうやら桂が風呂に入っているらしい。

一瞬このままもう少し外にいれば、あいつに会わずに済むとも思ったが、

それも昨日のことをきにしているようでばかばかしいと思い直り、部屋に入った。

いつもその部屋でそうしているように窓枠に半分腰掛けた姿勢で煙管をくゆらせる。

 

昨日、何で俺ぁあんな事をしたのだろうか。

昔から桂は女のような顔立ちをしていて性格がねちねちしたところや保守的で女のようなところがあったが、

魂のありよう、生き様は男そのものだ。そのため、女を見るような目で見たことなど一度もない。

 それなのに。

 

今の桂は、見ず知らずの女だと思えば、確かに美しい。

今まで見たどんな芸子よりも艶やかだ。だが、桂だ。かつて共に闘った仲間だった奴。幼なじみ。

自分は元来性的には淡泊なものだ。あのとき、男として、飢えていたわけでもない。別に女に不自由しているわけでも。

それに、何より、勢いだけで行為に及ぶほど、若くはないのだ。自分も桂も。

それなのに。

 

机の上に置いておいたはずの紅い簪がないことに気づく。いやに大切にするんだな。

銀時にもらったという簪を俺に触らせることすらいやがる。

昨日は、そんな奴の仕草が妙に頭に来た。昔から、あいつは銀時と共にある。どんな混乱の中も、信頼して、背を預けるのは決まって奴だ。

まあ、彼奴に着いていけるのは銀時くらいだったろうが

 

俺は、そういう戦い方は好みではない。てめえの背を誰かに預けて、誰かを守り闘うなんざ、はっきり言ってうっとおしい。

自分の進みたいように進み、闘いたいように闘った方がどれほど良いか。足手まといになられるくらいなら、いない方が良い。

だが、奴らはそんな俺を単独行動だとか無謀な行動だとか言っていたな。

以蔵の奴を斬った後で、あいつらは揃って刀を向けて俺を斬ると言った。ああ、止められるものなら止めてみればいい。

狂っているのは俺か、世界か。そんなことも分からない奴らに俺が止められるはずも無かろうが。

 

そんな桂が、女になったという。会ってみれば、なるほど元来優男だっただけのことはある。華奢な身体、高い声。抑えつければ、簡単に組み敷かれる。

単純に興味があった。昨日は、あいつの説教めいた戯言にむかっ腹がたったこともあり、ちょっとからかってやろうと思った。

もう二度と、煩わしいことを喚かぬよう脅してやろうと。

あのとき、きっと桂は初めてだった。(女として)

 

震える身体、俺に触られて、なれない刺激にとまどう瞳。あの気位の高い奴が、どうにもかなわない俺に対して感じる絶望。悔しそうに、流した、涙。

それを目にして、今までないほどに興奮する自分がいた。どう抑えようも出来ない情動、征服欲。結局、そのまま、自分勝手に蹂躙してしまった。

しかも、抱けば抱くほど、自分の熱は上がっていく。どうにも止められないその熱のまま、行為を知りたてのガキのように何度も何度もその中で果てた。

その度に見せる桂の潤んだ目に見える困惑の光と淫猥な色に釘付けになった。

 

あの高ぶり、気持ちは一体なんだ。皆目見当が付かない。自分の感情をもてあます。

だが、一方で知りたくはないと思う。この葛藤自体が腹立たしい。

 

・・・それに、不思議なのはそれだけではない。

桂の態度。

あれだけ、最初は抵抗し、殴りつけてくるわ、蹴り上げようとするわしていたものを、一度行為が始まってからは、その最中も、後でも、怒るでもなく、

責めるでもなく、恨み言を一つも言わなかった。観念したからか、その潔さは桂らしいといえばらしいが、それだけでは納得いかないものがある。

なにしろ、あいつの気位の高さは半端じゃない。激高してもおかしくない状態なのだ。

 

・・・一体なんだってんだ。自嘲気味に嗤う。

どうでもいいことに、今日は振り回されすぎだ。ばかばかしい。

 

そこまで考えたところで、当の本人が風呂から上がってきた。頭には例の簪がついている。

俺にいることに気づいて、無意識に乱れてもいない襟を正した。

思わず、おかしくなってしまい、

「そんな、おびえんなよ」と、嗤ってやった。それをきいて、即座に「怯えてなどいない」と桂が偉くむっとした様子で言い返してきた。

 

その反応に気分が良かったので、

「そうかい。昨日は随分ふるえていたみたいだったが」いつになく返答してしまった。

「武者震いという奴だ。貴様相手に俺が怯えるわけがなかろう」などと負け惜しみめいたことを言う。愉快だ。そこで、さらに

「そうだったな、痛くも痒くもねえんだろ」とい言えば、桂が、低い声で

「お前の考えていることは、昔からわからん。俺は貴様のそう言うところが嫌いだ」と言った。

高揚した気分はそれで消えて、一つの疑問に思考が戻る。

 

「嫌いな男に」と言いかけて、さて、なんて切り出したものかと迷う。

考えをまとめようと煙管を一口。すると、桂が部屋を出て行こうとするので、呼び止めた。回りくどい聞き方はこいつに通用しねえ。

「何で責めねぇんだ?」

「気にしていないと言ったろう。昨日のこと、俺は別に怒っていない。ただ、不思議に思っていただけだ」

桂が振り向いたとき、今日初めて目があった。

 

「貴様は、昔から、派手で一見して無茶な戦い方をする男だ。だが、それは無鉄砲で考えなしというわけではない。貴様なりの緻密な計算合ってのものだったことを俺は知っている。

お前は、無謀に見えて、その実誰よりも計算高い。だから、俺とは戦略方法で衝突することも多かったが、半面、高杉のすることに間違いないと信頼もしていた。

けれど、一方で貴様は目的のためには手段を選ばない男だ。ひどく言えば、自分の目的、計画のために仲間をも平気で捨て駒に出来る奴だ。

俺は、貴様の、そう言うところが本当に嫌いだ」

 

あたらずとも遠からず。こいつは俺のことをそれなりに理解しているのだろう。

「・・・フン」

「紅桜に飲まれたあの男のことも、お前の計算のうちなのだろう。・・・哀れなものだ」

「あれは、奴が望んだことだ」

「そういうもっともらしい理屈付けをするところも嫌いなんだ」

「嫌いなとこばっかりだな」自嘲気味になる。

「昨日は、・・・俺のことも、あやつと同じなのだろうと思った」

「・・・・」なるほどな。だからか・・・。桂の行動に妙に得心がいく。

 

こいつは、こういう奴だ、昔から。自分の身のことなど何とも思ってはいない。以蔵に斬られたときですら、自分の斬られたことに怒ったのではない。

俺がしようとしていることに怒り、阻止しようとしてきた。大切なものを守るためならば、自分がどうなろうと関係ないのだ。国でも人でも。

目的のために手段を選ばない、という意味では、こいつは俺と似ている。ただ、犠牲にするのが他人であるか、自分自身であるかだけの差だ。

だが、その差は大きい。だから、いつも相容れない。

 

「貴様はそう言う男だ、昔から。だから、別に怒ってはいないし、責めるつもりもない。だが、なんの目的なのかが釈然としない。俺と身体を合わせることで」

「お前は、相変わらずなんだなぁ、ヅラ」最後まで言い終わる前に、言っていた。

「人はそうそう変わらぬよ・・・狂ってしまう奴もいるようだが」

お前は分かってるようで分かっていねえよ、ヅラ。何でもかんでも計画通り行くわけがねえだろう。他人もそうだが、自分自身さえ。思い通りにならねえことがある。

「男が女に興味を示すのに、理由なんかありゃしねぇだろうが」

「得意の理屈付けか。そんな甘いものではなかったと思うがな」

確かに、和姦じゃねえからな。

 

「大体そんな理由だとしたら、俺などに手を出さずとも貴様は、昔から女には不自由していないではないか。不思議と女にはもてていたみたいだからな。

貴様のような男の何処が良いのか・・・その危険な感じがうけるのだろうか??俺のような誠実な男の方がよっぽど良いと思うが・・・・」

どうでもいい話をしながら、なにやら考えている様子の桂。

そんなことは承知の上だ。承知の上で事に及んだのだ。それがどういう意味か、お前には分かるめえよ。

俺ですら分かりかねている。お前の言う、戦略の元でしか動かないだろう俺が、なんの考えもなくお前を・・・・ああ、ホントに。この感情は。

「ほんとにな・・・お前は気持ち悪かった」うんざりだ。

 

独り言のように呟いたのを、ちゃんと桂には聞こえていたらしい。

「そうか?その割には随分良さそうな顔をしていたがな!」と、意気込んで言ってきた。

ああ、勘違いすんじゃねえよ。

「・・・身体(そっち)の話じゃねえ」

桂は、気分を害したのか益々怒りだし、ずかずかと出ていこうとする。

 

まただ。

無意識に俺は奴の腕を掴んでいる。

 

「お前はどうなんだ」

「どうって何がだ」

「嫌だったか」

「はあ?なぜそんなことを気にするのだ?俺がどうだったかなんてお前に関係ないだろう」

確かにな。掴んだ腕を放す。ああ、本当に昨日から俺はどうかしている。

 

「・・・・いいはずないだろうが」ややあって、ぽつりと桂が言った。予想通りの答えだ。

「・・・だろうな・・・」

「・・・・だが」

「・・・・」

「必要ならば、別にかまわん」

「?!」一瞬、耳を疑った。何を言っているんだ、こいつは。

 

「その代わり、貴様の目的を正直に話せ」

「・・・・お前は」・・・そう言うことか。馬鹿正直でくそ真面目な桂。納得できないから、

あくまでも、理由を付けたいのか。あの行為に。

俺自身ですら付けようのない理由を。

 

だとしたら、

お前の望み通りにしてやろう。

その理由を知ったとき、お前はなんて顔をするだろうな。

その顔を見るのもまた一興。

そのために、

もう少しつき合ってもらうぜ。理由探しにな。お前が知りたいと言ったんだ。

 

「後悔、すんなよ」

奴の肩を両手で掴んで、引き寄せる。奴の髪をとめているあの紅い簪を、触るなと言った簪を、思い切り噛んで、抜き落とした。

カチャンと、床に高い音が響いて、桂の長い髪が散らばる。

あの、匂いがした。

「もう少ししたら、教えてやる」

耳元で、低くささやく。奴が小さく身震いするのが分かった。それだけで、俺は簡単に興奮するんだ。桂、お前は知っているのか?

 

着物の袷をそっと開く。そこには、紅い跡がいくつもあって、滅多にしない自分の愚行にあらためて驚く。

と同時に、妙な熱がこみ上げてきて止まらない。

「そうか・・・正直にはな」

最後まで言わせない。口づける。

驚いたのか、なんなのか、桂は見開いたまま目を閉じない。その不慣れな様子がまたおかしくて、笑みがこぼれる。

 

この日は、今までのどの女にもしたことがない程に、そっと、丁寧に桂に触れた。

ばかばかしい話だが、昨日の乱暴な行為が自分の全てだと思われたくなかった、

何とも複雑なプライドだったのかもしれない。(同じ男としての沽券に関わるからだ)

桂は終始とまどったような表情を見せたが、存外、感じているのではないだろうか。(そう思いたいだけか)

 

昨日もそうだが、目を潤ませて、やるせない表情をする割に声の一つも上げないのは、奴のプライドのなせる技か、他の目を気遣ってのことか。

はたまた・・・。

 

行為に没頭していると、体も心も燃えてしまいそうだ。

体温の低いこいつが、俺の熱を冷ましてくれるかと思ったが、それは逆で高められる。

 

俺の熱が移ったのか、こいつも燃えるように熱い。熱いくらいの、熱と熱が合わさって、何とも言えない気持ちになる。

どうして、こいつはこんなに心地良いんだろう。

だから、どうにも加減がきかない。

じっとこいつが俺を見る。ああ、それだけで俺はもうとっくに限界を超えている。

 

今までの癖で、ここで抜けなきゃ行けないと頭で分かっていても、

どうしてもこいつから離れられない。

結局、最後の最後まで、こいつの中に捕らわれる。

そうして、俺が絶頂を迎えた時、極まったのかぽろぽろとまたこいつが泣いた。

たまらず、その身体を抱きしめる。

 

名残惜しいが、体を離した後、

奴にざっと着物を着せると、煙管片手に窓へ向かった。

どうにも、さめない熱を風に晒して落ち着かせたい。

頭を冷やしたい。明るい月夜に、あいつの肌がやけに白く光る。奇麗だ、と思った。

 

今宵は満月。

 

満月は人を狂わせると言うが、じゃあ狂ってしまうのは人だという証か。

寝ているのか、起きているのか、桂は身動きひとつしない。そのうち、

「ずるいやつだ、貴様は・・・」

小さく呟いた。その言葉は、やけに響いた。部屋にも、心にも。

そんなことは、言われなくても知っている。

 

だが、今、この行為に理由を付けられないのと同じように、

この感情に、名前を付けることは出来ない。

 

 

桂よお、どんなにあがいても、混ざり合おうと思っても、俺とお前は所詮水と油。相容れない存在だ。共通点は、液体と言うことだけ。

だとしたら、銀時の奴は、氷だよ。液体じゃないが、水とは融点さえ合えば解け合える。お前らは、そんな関係だ。

ただ、今まで、融点の折り合いが付かなかっただけだろう。

 

俺と銀時は・・・似ても似つかない。

たとえ俺が凍ったとしても、あいつが解けたとしても、決して混ざり合うことはねえ。

けれど、

きっとお前達も、これから先、混ざり合うことはないと俺は思っている。

 

なぜなら、水、油、氷。それぞれのその形が、俺たちのありようなのだから。

それぞれの、人生そのものだから。

なにより、俺たちは。

そうでなくては、生きていけない。

 

 

 

後書き

高杉バージョン。

高杉は、自分の感情にふたをして、見て見ぬふりをしています。

それは、今までにない自分にとまどいを感じているから。このまま、この感情を突き止めてしまうと、恐ろしいことになると分かっているのです。計算高い彼は、その後のことを考えて、今は気持ち自体はそっとしておくのがベストと判断したのです。

でも、どうしても、桂を手放せないので、毎日のようにいちゃついてしまうわけだ・・・

 

 

 

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